素晴らしき世界

いつからかこの世界迷い込んだ

大丈夫、ここにいる。

とりあえずあの日から今までで感じたことを書き出してみた。

起承転結の起の字もないよ!









去年の12月2日。
最早人生の半分くらいかけて嵐を応援している2人で、福岡ドームに向かった。
ここ数年当たらなくて、でも今回はどうしても行きたいと選んだ、嵐の初めての遠征。
曲目はシングル曲中心で、でもLa tormentaとか懐かしい曲も改めて披露してくれて。
2018年現在からどんどん遡っていく演出では、自分がファンになった年のあたりで涙が零れた。
最近ファンになった人にも、長年追いかけている人にもそれぞれに響くようなライブだったと思う。
見られて良かった、来られて良かったとしみじみ思う公演だった。

今から考えたら最後の挨拶で5人全員が、5人でいること、自分にとっての他の4人の存在、嵐に対する思い、ファンに対する思いを語っていて、確かに普段と違うと思わないこともなかった。
でもあの会見を見た後の今から思えば、であって。
当時は20周年だからかなんて考える程度だった。
違和感なんてなかった。
大野さんの個人仕事空いてるな、次の演技仕事いつかなとか呑気に考えるくらい、5人は14年見続けてきた嵐のままだった。


会見の日。1月27日。
本当に偶々、前の日から嵐友達の家で鑑賞会をやっていた。年に1回もやらないのに。
何見てたっけ、とにかく1回休憩しようかってなって、何となくTwitter確認したら荒れてた。
メールはまだ届いていなくて、慌ててページ確認して。
動画見ながら、理解する前に勝手に涙が溢れてた。
本当はあの日帰る予定だったのをわがまま言ってもう一泊させてもらうことになって、とりあえず直近の夜のニュース番組を待つことになった。
とてもじゃないけど1人になるのは恐ろしくてしたくなかった。
涙は出た。「自由に生活してみたい」という言葉も、勝手ながら理解出来た。でも何というか、なにも考えられなかった。
ともすれば会話もなしにそれぞれ意味もなくTwitter見てるようなまるで生産性のない時間が流れてた。心が凪いでいたし、虚無だった。
時間が来て、会見の様子が初めて流れた時。
開口一番謝られたら心が折れるとか怯えてたのを打ち砕かれたような気分になった。
あれほんと写真だけ見たらなんかのイベントの会見模様でしょ。
大ちゃんが自分の思いをあんなに喋ってるのを初めて見たし、潤くんが解散を即答で否定してくれたのも、相葉ちゃんが場を和ませてくれたのも、嵐の頭脳派ツートップである翔ちゃんとにのが完全理論武装して一部の隙もない言葉を連ねているのも、5人で笑いあってるのも、全てを見て、やっぱりこの人たちは凄いと惚れ直すしか無かった。

すばるくんの会見を思い出した。
形は違えど、35歳を過ぎたあたりで1度立ち止まって自分の人生を見つめ直した2人。
2人共どちらかというと話すのは苦手だろうに、メンバーの真ん中でまっすぐ自分の思いを話す姿は悔しいけどかっこよくて。
あの会見で7人に惚れ直したのを思い出してた。

私から5人を、7人を奪わないでという思いはあったし、何なら今でもある。
でもそれ以上にあの人達には幸せでいて欲しい。
常々思っている。推している人達には望む幸せ全てを手に入れて欲しいと。
5人でいて、7人でいてという思いが呪いとなり重石となり得るなら、それなら彼らに向けることなく喜んで飲み込もうと思う。

「勉強したい」という気持ちも「自由に生活してみたい」という気持ちも、それを言われたメンバーが受け入れる決断をしたことも、一方的ながら理解出来てしまう。
どちらの会見も今まで見せてきてもらった彼らの姿そのもので、どこまでも誠実に向き合ってくれていたのだと思い知ることにもなった。
そんなん惚れ直すしかないやん?

たださー寂しいだけなんだよ関ジャニ∞の時も書いたけど。
メンバーがひたすら仲良くわちゃわちゃしながら笑いあってるのを遠くから眺めてるのがいっちばん大好きだから、いくら所謂自担である二宮さんが個人活動を続けるとしてもそこはなくなってしまうわけで。すばるくんに至ってはもう関ジャニ∞ですらないし。
だからってすばるくんに戻ってきて欲しいとか、嵐に休止をやめてとか思いたくもない。
すばるくんには自分の理想の音楽をいつか絶対に掴んで笑っていて欲しいし、5人に関しては心行くまで休んで、いつか嵐に戻りたいと自然と思える時が来たら良いと心底思う。

永遠なんてない。
あの日亮ちゃんが書いた通りだった。
私が大好きな黄金期は、すばるくんが辞め、タッキー&翼が解散し、嵐が休止することになった。
永遠なんてなかった。
彼らも今を生きている人間であることを思い知った。彼らがアイドルでいることを自分の意思で選び続けてくれていたことを痛いほど思い知った。それをわかっているつもりになっていたことも。
寂しさは未だに消えない。
今でも6人の関ジャニ∞を見ていると何とも言えない気持ちになる瞬間がある。
嵐の5人を見ている時ふとしたタイミングで涙が出るようになった。
でも、それでも私も彼らも生きているから、また道が交わることを願って応援し続けてこうかな。

とりあえずはあと2年。
嵐が5人でたくさん笑って持ちきれないほどの幸せを感じられますよう。

嵐関ジャム出てくれないかなあ。

開き直ることに決めた

お久しぶりです、おみです。



札幌入って「ここに」に救われて気持ちを浮上させてもらって、ゆっくり落ちていって、東京でまた上げてもらって、そして再びゆっくり落ちていっている途中にいます。



GR8ESTツアーが終わりましたね。

振り替えも凱旋も無事に終わって、全て走りきれたようで本当に良かったです。

札幌も東京も、絶対に一生忘れられないんだろうなっていう経験をさせて貰いました。

あの空気もあの感覚もあの時感じたことも今思ってることも、今年起こった全てをきっと私は一生忘れられない。



楽しかった。

でもやっぱり同じくらい寂しかったし、悲しかった。

だけど、すばるくんのファンが会場にいること前提で、その上で全員を楽しませようとしてくれる6人には本当に頭が上がらないと思った。

言葉で直接肯定されなかったら今こうやって何とかしがみつくことも、出来なかったかもしれないし。

何度も思う。

言葉で肯定してくれて本当にありがとう。



さて、記事タイトルの話ですが。

あれからまたぐるんぐるん無駄に色々考えた。

私が今寂しい理由の1つはきっと今現在のすばるくんを知ることができないことだろうと。


だから未だに新旧の大阪ロマネスクが聞けないのも、すばるくんのソロアルバムが聞けないのも、過去のライブ映像が見られないのも、「ここに」が見られなくなってきてるのも、唐突に泣けてくるのも、いきなりめちゃくちゃな寂しさに襲われるのも、もういいやって。


何度6人に上げてもらっても、大好きな6人でも、1番好きな人がいないんじゃどうしようもない。

仕方ない。

あの7人の中で私が1番惚れ込んだのがすばるくんだったってだけ。



だから、彼の現在をまた知れるようになるまで、彼の新しい歌声やステージをこの身で体験できる日まで、今のまま全部抱えていこうと開き直りました。

どうにかならないかなんて無駄に考えるのはやめます。

その時々の感情に任せて良いんじゃないかと。

多分本当の意味で吹っ切れるのはすばるくんの姿をもう一度見られた時だと思う。



勿論6人も大好きなんで円盤買います。

明日というか今日予約してきます。

マニアックも有難いことに奇跡的に一般取れたんで見てきます。

少年たちも見に行きます。

トレースも見ます。

来年の4月、また関ジャニ∞のFCを更新します。

またライブをやる時は絶対申し込みます。

CDも買います。

好きなアーティストが渋谷すばるから関ジャニ∞に変わっても、変わらず関ジャニ∞のファンでいます。

そして時々は泣きながら、すばるくんがもう一度私達の前に出てきてくれる日を待ちます。

これが私のGR8ESTツアーと6人を見て出した答えで、多分あのツアーを見に行った意味。


すばるくん元気かなあ。

関ジャニ∞のすばるくんへ

インレコさん、台湾公演仕様とすばるくん誕生日仕様の2パターン用意してくれてて涙腺が壊れました。
スルーされたら抉られるなあと思ってたから嬉しい。


何となく書き上げて、いつ出そうかなとぼんやり考えてて。
折角なのですばるくんの誕生日にしてみようかなと思い立ちました。
この約6ヶ月で思ったことや感じたことを纏めたいなと。


何というか、6人の関ジャニ∞のファンとしてこれからも追いかけるなら、これからはできるだけすばるくんのこと話題に出して泣き言書きたくないなと。


すばるくんのことを話題に出すのが悪いことで出さないのが良いこととか、泣き言書くのが悪いこととか、そういうのじゃなくて。
ただ自分でよくわかってる自分の性格上、こうするのが1番良いかなと思っただけです。


結局ファンレターも送れなかったのでここに書こうかな!
字の練習しときゃ良かったとこれ程までに後悔したことはない!
まあ例によってこういうすばるくんファンもいるよってことで!
ボトルメールみたいな感じでお願いします!





関ジャニ∞のすばるくんへ。


あなたがeighterと呼んでくれた沢山の中の1人である私は、7人の中であなたのことが1番好きで、だからこそ4月15日以降今までの人生で味わったことのない感覚を沢山知りました。
あなたの決断は多分善悪を超えたところにあって、私には何を言う権利も義務もない。
ただそれでも一言言わせて貰えるなら、今でもずっと寂しいです。
胸に穴があくってこういうことなんだなと実感してます。


何度も何度も泣きながら、それでもすばるくんのいない6人の関ジャニ∞のツアーに行こうと思ったのは、行かなければならないと勝手に感じたのは、あの会見から最後まであなたが「6人の関ジャニ∞を宜しくお願いします」と何度も頭を下げていたから。
「6人の未来に期待して」なんて、目に涙をためて笑うから。
でもあなたがそう言ったからだけではないです。
たった2年、それでも私はあなたを筆頭に7人全員を好きになってたから、6人のこれからの始まりを見届けたい、すばるくんが言うなら尚更。
そんな感じ。
紛れもなく私の意思です。


GR8ESTツアーが終わった今、心の底から行って良かったなと思っています。
ありがとう。


私は6人に囲まれたその真ん中で歌うあなたが、演奏するあなたが、踊るあなたが、笑うあなたが大好きでした。
もしもあなただけを好きだったなら、どんなに簡単で楽だったろうと何度も思いました。
でも、きっとそんなもしも有り得ないんだろうな。
私は6人のことが大好きなすばるくんを好きになったから、そんなのどう足掻いたって私も6人を大好きになるに決まってる。
関係性って、本人達だけじゃなくて外から見てる人間にも影響及ぼすんですよ。
グループって不思議。


あなたがもっと無責任な人なら、もしくはもっと器用な人なら愛想を尽かせることもあったかもしれない。
嘘でも本当でも「関ジャニ∞はもういい」なんて言われたら、心底傷ついてファンを辞めたかもしれない。
だけどあなたはどこまでも誠実で不器用な人だったから、4月から7月まで繰り返し言うのは6人のこれからのことだけで。
ずるい。
ほんとずるい人だと思う。
いなくなるなら嫌わせてくれよ。
会見時の大倉くんの言葉を今でも反芻してしまうんです。
「勝手な決断をしたすばるくんを嫌いになれなかった」
これに尽きる。
むしろその約4ヶ月で更に深みにはまった気さえしています。
あなたはもういないのに。


人間結構図太いもんで、6人の関ジャニ∞にも着実に馴染んできている自分がいます。
それでもやっぱり未だ慣れはしないし、番組を見て笑っているその裏で「ここにすばるくんがいたら」と思う瞬間があるし、ふとした時に大切なピースが抜け落ちてるような感覚に襲われます。


それでも私はアイドルグループ関ジャニ∞のファンでい続けます。
6人自身が前を向いて、これからは自分たちが引っ張っていくと明言してくれて、すばるくんのファンに何度も何度も言葉をおくってくれたから。
私は6人が好きだから。
すばるくんを1番好きなまま、関ジャニ∞のファンでい続けます。


すごく優しくて気にしいな人だと思うので、もしかしたら一部のちょっとしたいざこざを知っていて気にしてるかもしれないけど。
とにかく、こうやって7人が好きなままのあなたのファンも沢山いるよってことをいつか知って貰えたら、私はもうそれで十分です。


前を見ててください。
あの時の選択を絶対に後悔しないでください。
いかなる場合でも自分の何かを犠牲にするなんて選択は絶対にしないでください。
あなたの掴みたかったものを必ず掴んでください。
笑っててください。
6人とずっと友達でいてください。
それが、2018年あなたに振り回されたファンの1人の心からの願いです。
烏滸がましいことこの上ないのはわかってる。
でもほら、願うだけならタダだし。
誰かに迷惑かけるわけでもなし。


アイドルである渋谷すばるさんが大好きでした。
いつかまたあなたの声が聴ける日を心待ちにしています。
バイバイ。


追伸
お誕生日おめでとうございます。
これからの貴方の人生も音と笑顔に満ち溢れていますように。



関ジャニ∞だったすばるくんへ。


あなたと関ジャニ∞のファンより。

私のGR8ESTツアーが終わった

東京初日が終わりました。
同時に、私のGR8ESTツアーも終わりました。
例によって帰り道で書いてます。
鉄は熱いうちに打てと言うより忘却との戦い。
ネタバレはありません。
今の思いを今残しておきたいっていう。
こんな風に思ったすばるくんファンもいるよってことで。




あのね、私泣かなかったよ。
どうしても耐えきれない瞬間は何度かあったけど、でもずっと笑ってた。
頭の隅にはずっとすばるくんがいて消えることはなかったけど、でも札幌よりも純粋に「新生関ジャニ∞のコンサート」を楽しめた自分がいた。

というか札幌はやっぱりメンバーもファンもかなりピリピリグラグラしてたし、私に限ってはかなり錯乱してたと思う。
嗚咽混じりに泣き続けてたし。


札幌ではとにかく余裕がなくて、グッズもすばるくんがいない現状を受け止めるのに精一杯で。
ポスターやクリアファイルなんかの6人の写真がどんなのか、初めて認識したのは大阪にグッズを買いに行った時でした。
認識したというか「札幌で6人の写真を微塵も認識してなかったことに大阪で初めて気づいた」というか。
あっそれぞれこんなうちわだったんだ、みたいな。
とにかく後々振り返ったらマジで余裕なかったんだなーと思う。


札幌で「関ジャニ∞」と「渋谷すばる」の切り離しが成功しても「7人の関ジャニ∞」と「6人の関ジャニ∞」は全然うまく切り離せなくて、心がしっちゃかめっちゃかになってました。
過去の記事の通りです。
情緒不安定。


でも人間結構図太いもんで、着実に心が受け入れ態勢に入っていたらしく。
今日ね、応答セヨとか「掌が背に触れた」とか、要所要所が耐えられないくらいだった。
びっくりした。
あー私やっぱりまるちゃんのプレイスタイル大好きだなーとか、お髭最高とか、前髪長いのありがとうとかそんなん考える余裕があった。
基本まるちゃん。


そしてびっくりすることに、まるちゃんと共にたっちょんに落ちました。
いやほんと自分で予想外すぎてびっくりした。
スクリーンが6分割された時ずっとまるちゃん見てたんだけど、ふと隣のたっちょん見た時に「えっこの人こんなに楽しそうにドラム叩くんだ」って釘付けになった。
今まで見てなかったのかよって話ですね、すいませんほぼすばるくんかまるちゃんしか見てませんでした。


嵐と関ジャニ∞にはそれぞれ楽曲きっかけで沼落ちし、まるちゃんはベースのプレイスタイルで完落ちし、本日大倉さんにドラムのプレイスタイルで落ちました。
ノーマークだったほんとびっくりした。


どうやら今日ちょっとだけ私は前に進めたようです。多分半歩くらい。
すばるくんは未だに特別だし、7人の関ジャニ∞を追いかけられた約2年は変わらずこれからも私の宝物です。
そしてこれからの関ジャニ∞を追いかけていこうって、ようやく躊躇い無く思えたよ。


沢山沢山寄り添う言葉をかけてくれてありがとう。
これからは6人の関ジャニ∞のまるちゃん担でたっちょん推しの端くれを名乗らせてもらおうかな、と思ってます。
気を悪くした方がおられたら本当に申し訳ないですが。
でも、次コンサート入る時にもすばるくんのリストバンドはつけてくつもりでいます。
やっぱりすばるくんは特別なんだ。






最後に、超私信。
当人が読むかはわからないけど。

今日一緒に行かせてくれて本当にありがとう。
札幌に一緒に行ってくれてありがとう。
すばるくんを切り離せなくてグズグズ泣いては愚図りまくってた私を受け入れてくれてありがとう。
かなり面倒だったと思う。
本当にごめんなさい。
今日の席はそんな優しいあなたへの贈り物じゃないかなと思いました。
凄く凄く楽しかった。
あなたがいなかったらこのツアーは乗り越えられませんでした。
本当にありがとう。
もし良ければ、これからも仲良くしてくれると嬉しいです。

「ここに」Mステ見ました


壁打ち!!!!





見ました。見ましたか。

ぼろぼろ泣きながら見てました。

正直に言うと、札幌も見届けたし、6人の番組も見てきてるし、雑誌も見てるし、傷ついてはいるけどもう大丈夫なんじゃないかと思ってる節はあったんですよ。

まあそんなわけなかったね!

ぼろっぼろ泣きました。

なんだろう何に泣いてんだろう。

なんかめちゃくちゃ切ないような、でも違うような変な気分で、これはすばるくんがいない寂しさ悲しさからきてるものではないのはわかる。

じゃあなんで泣いてるんだろう。

わかんない。

札幌で見た時も初めて人前で披露する曲とは思えない高い完成度を見せてくれたけど、回数重ねたのと、WANIMAの前っていうのもあったのかな?
熱量がめちゃくちゃ上乗せされててびっくりした。


特にまるちゃんとやすくんとたっちょんの熱量が私にめちゃくちゃ刺さってびっくりした。熱量が刺さるって何。

特にまるちゃん。

まるちゃんですよ。

元々私はすばるくんが自担で推しはまるちゃんを豪語してたんですが、やっぱりまるちゃん好き〜〜ってなってた。

そしてお髭素敵…。


「散り散りになりそうな思い出を掻き集めて」の山田のハモリとか、「凍える夜は怯えて耳を澄まして声を聴かせて日々を照らして…」のまるちゃんとたっちょんとか、何回も巻き戻した。


ただ、ただね。

こうやって"すばるくんのいない関ジャニ∞"に慣れていって、落ち着いていくことに罪悪感を覚えるのも確かで。

書いたように元々すばるくんとまるちゃんが特に好きだったから、今の関ジャニ∞だと必然的にまるちゃんによく目がいくんだけど、だからってまるちゃんファンを名乗ったりするのは元々のまるちゃんファンの方々にどうしても申し訳なくて。

後ろめたさと罪悪感がやっばい。


あと6日で私のGR8ESTが終わります。

もしかしたら泣かなくて済むんじゃないかな〜とか思ってたけどこれは恐らく泣いて終わるんだろうな……。

未だ混線中

どうも。未だ感情が混線状態のおみです。

皆さんお元気ですか。私は辛うじて生きてます。

一応社会人だし生きてかなきゃいけないしでやらなきゃならないことは結構色々あって、それに追われてるとえっもう一週間経ったのみたいなことになってます。

相も変わらず情緒不安定。

感情がぐっちゃぐちゃなんだよなあって夜明けの空を見ながらTwitterで壁打ちしてたんですけど、引くような文量になったのでこっちにあげようかなと思った次第です。

愚痴というか、整理というか。


今自分の中には3つあります。

6人の関ジャニ∞と、7人の関ジャニ∞と、すばるくん個人。

それぞれに対する感情。その3つ。

6人の関ジャニ∞に対する気持ちは、やっぱり札幌で浄化?昇華?されたみたいで。

素直に「ここに」を楽しみに待ってる自分がいる。それは確か。

だけどその「ここに」のソロカット×6の文字とそれにわく6人のファンを見て律儀に傷ついてる自分もいてもうその落差が我が事ながら既に面倒臭い。

私も!すばるくんの!ソロカットを!見たい!
……って思っちゃうんだよなあどうしても。

幸いなことに6人になっても関ジャニ∞は方々から必要とされてて、名古屋で大阪の曲作ったことが判明したり、関テレ60周年記念のテーマソング担当したり。

喜ばしい。凄く誇らしい。あの6人が大好きだからめちゃくちゃ嬉しい。

でもそうやって喜ぶ自分の裏っ側、その影で「すばるくんのいない作曲模様」とか「すばるくんのいない曲がテーマソングになること」とかに傷ついて泣く自分も確かに存在してて、あまりの落差に今生まれて初めて心の乖離を実感してます。

べりべり音たてて心が剥がれてってる気分。


6人の関ジャニ∞に対する気持ちは前向きです。

でもその反面、未だに7人の関ジャニ∞というかすばるくんのいた関ジャニ∞というか、を順調に拗らせてる自分もいて。

そっちはもういい加減目も当てられない状態になってきてる気がしてます。

ドロッドロだよねこれ多分って箱の前で立ち竦んでる。


そして対すばるくんなんだけど。

あの会見以降、すばるくんの選択も、6人の選択も心から応援してる。

でもそことは全く違う所で、実は「大好きな7人の関ジャニ∞」を突然奪われたことや奪った張本人に対する怒りは今も全く消えていない。

自分でも矛盾してる気はしてるんだけど、不思議なことにずっと同居してるんだよなあ。

言葉にするなら応援はしてる、でも許さない。って感じだろうか。
やだこれメンがヘラってるみたい。

まあとにかく、あの日からずっとすばるくんに対しては、今でも1番好きな気持ちと、これからを応援する気持ちと、怒りと心配が綯い交ぜになったものがそこに居座ってます。

怒りって書いたけどこれすばるくんに対する怒りはそんなになくて、じゃあ何に怒ってるかというと神様とか運命とかそういうものだったりする。

あんなに何度も目に涙をためて、でも零さないように我慢し続けて、「6人の関ジャニ∞をよろしくお願いします」って何度も頭を下げていたあの姿を見てしまったら強い怒りは抱けなかった。
これが惚れた弱みか。

音楽を奏でる為に生まれたようなあの人は確実に音楽の神様に愛されてて、だからこそ関ジャニ∞になってだからこそこうして出ていってしまったのかと思うとほんと神様とか運命とかを恨まないととてもじゃないけどやっていけない。

音楽に興味のなかったメンバーすら引き込んで、関ジャムという冠のついた音楽番組ができて、そこで本当に沢山のジャンルのアーティストと触れ合うことで確実に刺激を受けて、全員が着実にスキルアップしていって。
そしてその為にあの人は出ていってしまった。

最後のオリジナルアルバムがあの時の関ジャニ∞全ての集大成のような形だったあの「ジャム」っていうのがまた、腹立たしいくらいに美しい。


横山さんがすばるくんの抱いた夢に対して「その夢を俺らと見ることはできひんのかな」って訊いたように、すばるくんの音楽は、その夢は、ずっと関ジャニ∞と共にあって欲しかったし、あるものだと盲信していた。

あの人の書いた「これから先10年後だってきっと変わらずこんな感じで」っていう歌詞も。

2017年に出た、まるちゃんと二人で表紙を飾った雑誌で語った「7人で唯一無二の場所まで」「7人で15周年を」っていう言葉も。

その時の思いを、不変だと信じこんでいた。


弊害といえば弊害、私は推しの言う「これから」を信じることが出来なくなりました。

関ジャニ∞だけでなく嵐の5人の言葉さえ。

その発言をした時には心からそう思っていても、大袈裟な話次の日にはどうなってるかわからないことがよく分かったから。
だって彼らだって今を生きてるから。

もう盲信はしない。できない。

だってあのすばるくんが自ら関ジャニ∞を離れる選択をするなんて、ねえ? まさかそんな、それこそ天地がひっくり返っても有り得ないでしょ?


なんかもうすばるくんが自分独りでの夢を抱いたこと自体よりも、神様とか運命とかに「すばるくんに独りの道を選ばせたな💢」みたいな感情になってる。

だって会見からこっちのすばるくん、自分の選択とその結果に細々と傷ついてるようにしか見えなかったんだもんなあ。
こっちだってポエマーにもなるよそりゃ。


とにかく、まあ、この3つの感情の方向性が見事にバラバラだから心があっちゃこっちゃに引っ張られてて、音を立てて剥がれていってる感覚をずっと覚えています。


こういうのもさ、対個人ではとてもじゃないけど吐き出せないじゃん?

何よりも前を向き始めてるであろう6人とそのファンの邪魔になる気がして、とても恐ろしい。

うざって思われるのがとても怖いけど、でも吐き出さないと死んじゃいそう。

すばるくんファンの友達がいれば心置き無く愚痴りあえるかもしれないけど、一人もいないし。

こういう時のための壁打ちブログだよねってことで、ここで埋葬しよう。

すばるくんのこういう所が好きなんですって書くつもりだった

びっくりすること言っていい?

4月15日付近の寂しさがめちゃくちゃぶり返してる。


札幌公演を見届けて、あの6人は本当に格好いいと改めて思い知った。

それは良い。今の、そしてこれからの関ジャニ∞に対する気持ちが上向いた。それは確か。

でもすばるくんを嫌いにはなれない。

すばるくんが好きなこの気持ちはどうしたらいいんだろう。

私は根本的に間抜けな楽天家で、後々あれっこれ思ってたよりしんどいんちゃうんって気づくことがままあるんだけど、今回もそうなのかもしれない。



前の記事が思った以上にじめじめしちゃったからすばるくんの好きなところでも書いて呑気な記事を作ろうとしたのに結局前よりも湿度が増してしまった。

元々自分の中にあるものを書いて整理つける人間なので、これもほぼ自分用です。

ほんとに湿度高いのでお気をつけて。

あとなぐりガキBEAT特典DVDのネタバレもうっっっっっすら含まれますので、念の為ご注意を。







私が好きなすばるくんの話をしたい。

渋谷すばると言えばまず音楽、歌なんだろうけど、実を言うとまだ嵐だけが好きだった頃音楽特番なんかで偶に見かける彼の歌は、どちらかというと苦手だった。

勿論当時からめちゃくちゃ上手いと思ってた。そこじゃなくて、まるで命を削って吐き出してるみたいに歌う姿が痛くて怖くて苦手だった。

当時その話題になった時「神経剥き出しで生きてる」って表現されて、納得した記憶がある。

皮がない。庇うものがない。あらゆるものに直で傷つけられながらも歌うことを辞めないような人。

そんな様子を見る怖さがどうしても彼を怖い人、苦手な人と印象づけていた。

ファンじゃない以上、見るのは彼らのホームとなる番組じゃなくてアウェーな音楽番組が多かったから、人見知りに起因する無愛想もあったかもしれない。元ヤン感とかもあるし。そっちの意味でもちょっと怖かった。

ファンになった今思い返すと、当時はいわゆるやすば全盛期の頃で、実際に不安定だったらしいから、あながち大きく的を外れた認識ではなかったのかなと思う。



その認識が変わったのはなぐりガキBEATの特典の新年会。

あれを見るまで私の中ですばるくんはどこか怖い人だった。

全員に電話して居酒屋に集めて、食べて飲んで笑って。

最後にどうしてこんなことをしたのか、言葉を選び選び何とかメンバーに伝えようとする姿を見て真っ先に思ったのが「この人めっちゃ頭良い」だった。

それと同時にはい今私この人に落ちました!ってのがわかった瞬間だった。

後にも先にも落ちた瞬間を覚えてる相手はいない。すごい体験だと思う。


そこから、沢山沢山本当のすばるくんを知った。

仕事に支障をきたすレベルの人見知りだとか。

猫アレルギーだけど猫好きなとことか。

斜めから撮られた時の向こう側のまつ毛とか。

下ネタ好きな男子小学生みたいなとことか。

平気な顔で下ネタぶっこむくせに変なタイミングで恥ずかしくなっちゃうとことか。

私生活はお散歩したあと自分で朝ご飯作って食べてたり。
しかもお魚焼くとかかなりしっかりしてるし。
朝から和食自作する人最高。

頭の回転は早いけど口は達者じゃない分、発する一言が場の空気を一瞬で変えられる力を持ってたり。

子供が大好きなとことか。
ジャニ勉の「お猿さんやで、お猿さん」は何回リピートしたかわからない。

シール集めてたりとか。
そのシール集めと交換に関するこだわりとか。

照れた時はにかみながら伏し目になるとことか。

5歳と実年齢をいったりきたりしてるような言動の振れ幅とか。

メンバー全員首の後ろにホクロがあるって判明した時の「やっぱり兄弟やねんて!」って嬉しそうに笑う顔とか。

とにかく可愛くてかっこいい人だってこととか。

書いた通り私はすばるくんの歌以上に考え方に惚れ込んだ人間だから、歌や音楽が凄ければ凄いほどその考え方とか趣味嗜好にひかれていった。

言い方を選ばず書くと、あんなにすごい歌を歌うけど、めちゃくちゃ普通の人なんだなって思ってた。そこが1番好きだった。嘘。今でも1番好きなところ。


そこから派生して、メンバーと一緒に笑うすばるくんも本当に大好きだった。

メンバーの言動に笑ったり突っ込んだり怒ったり引いたり。

表情がコロコロ変わる。

あの時私が見て怖がってた無愛想どこいったってくらい、コロコロ変わってた。



唐突だけど私は関ジャニ∞のコンビの中で松原.が断トツで好きだった。

あの二人だけが出せる幼馴染み感が好きで、ファンも、下手するとメンバー5人すらおいてけぼりにして2人にしか分からないことで転げ回って笑ってる姿がほんとに、死ぬほど好きだった。

ひなちゃんだけを笑わせにかかるすばるくんも、それに見事に引っかかって進行も全部吹っ飛ぶひなちゃんも大好きだった。


すばるくんは音楽の道に進んだ。

それは勿論理解してる。

自分に厳しい人だから、納得出来るものを掴めるまで何年かかるかわかんないけど、表現を辞めないと断言した以上きっといつかまた表舞台に帰ってきてくれるでしょう。



ここからは私の特に勝手な思い。

誰に押し付けるつもりもない。

本人になんて尚更で、天地がひっくり返っても絶対見ないで!って思う。

万人が見られるところに垂れ流しといて何言ってんだって感じだけど。

本当に、これを読んでも誰も何も気にしないでほしい。

こういうやつもいるんだな程度でおさめといて。そしてすぐ忘れて。



私はすばるくんの作る音楽以上に、彼の考え方や性格や綴る言葉と、メンバーと一緒にいる時の様子が何よりも好きだった。

すばるくんは音楽の道に進んだ。

彼の音楽はきっとまたいつか聞ける。

年数が空いても、それはきっと大丈夫だろう。

でも、一切の露出がなくなって関ジャニ∞からも抜けてしまった今、私が何よりも好きだったすばるくんは根こそぎ奪われてしまった。

私はただそれが今も寂しくて悲しくて痛くて辛い。


だからといってどうしようもないことはちゃんと理解してる。

関ジャニ∞に戻ってほしいという思いも、ほとんどない。

「7人が一緒にいるところがまた見たい」という意味では、小指の爪の先くらいはまだ残ってるけど、1人と6人の覚悟をこの目で見た今、ふざけてだってもうそんなこととても口にはできない。

選んだ道をそれぞれ迷うことなく突き進んでほしい。それは本当に心からそう願ってる。
その先で少しでもまた交わって、それを見届けられたら幸せだと思う。



前の記事で「あの3ヶ月が報われた気がした」と表現した。

だから関ジャニ∞に関してはきっともう大丈夫だと思う。多分。恐らく。きっと。

改めて考えると、あの日の札幌で、私の中で「関ジャニ∞」と「渋谷すばる」の切り離しが成功したんだと思う。これも、多分。

だからあとは、すばるくんに対するこのごちゃっとしたのをどうにかするだけなんだけど。

でもこの寂しさは結局は私1人の問題だから、どれだけ時間がかかっても、自分で咀嚼しきって飲み込んで消化するしかないんだよな。